憧れのイスタンブールに入った≪十月七日≫ ―爾―バスは、大きな道路標識に書かれた”トプカピ方面”に向かっているようだ。 隣の席には、身体の具合が悪いのか?はたまた、バスに酔ったのか?盛んに咳をしながら、苦しがっている男がいる。 気の毒に思い、日本から持ってきた、乗り物酔いの薬を与えたり、シートに準備されているビニール袋を取ってやったりと、相席のよしみで親切にするのだが、思うように行かない。 なにせ、言葉が通じない。 おまけに、同じバスに乗り合わせている毛唐共と言ったら、チラチラと苦しがっている男の方を見るだけ。 時々、車掌がやってきては、何やら言って戻っていく。 この男、エルズラムから一緒なのだが、・・・どうやら、トルコ人ではなさそうだ。 英語もまるで通じない。 通じているのだが、苦しくてそれどころでは無いのかも知れない。 * バスは今、アジア大陸の西の端に向かっている。 静かに料金所に入ると、目前に大きな橋が見えてきた。 これがかの有名な、”Bogozigi Kopurusu”(ちょっと、英語では書きあらわせられないのです。)と言う、アジアとヨーロッパを結ぶ大橋なのです。 一説には、日本の協力で掛けられた橋だと言う事ですが、さだかではありません。 今走っているところが、アジア側のイスタンブールで、橋の向こう側がヨーロッパ側のイスタンブールと言う事になるのです。 到着しました。 ついに、アジアの果てイスタンブールに到着したのです。 夢にまで見た、イスタンブール。 ”飛んでイスタンブール”の唄にあるイスタンブールです。 バスは静かに、しかし快調に走る。 橋の上を走る。 直下は、ボスポラス海峡、左前方には大きな海が広がっている。 右方向は、ソ連との国境がある”Black Sea(黒海)”から流れて来ている川が、真っ直ぐと延びている。 左の大きな海は、エーゲ海へと続いている。 まさに、明と暗に分れる橋なのだ。 前方には、大きな丸いドームの有名な寺院が見えている。 真正面に見えている、一際高い塔が、あの有名な”ベリー・ダンス”の行われている所だと言う。 特色ある、丸いドームがあちこちに点在しているのが分る。 後ろを振り返ると、海峡に沿って建ち並ぶ、白い建物と赤い屋根、そして青い海と緑の木々が晴れ渡った空に映えて、キラキラと輝いて見える。 たった一つの橋が、同じイスタンブールと言う町が、これほど対照的に栄えてきたと言う例は、我々日本人には理解しがたい光景に思えてくる。 橋を渡りきると、小高い丘陵地に建物がひしめきあって建ち並んでいる。 バスがヨーロッパ側のイスタンブールに入り、建物の合い間を縫ってゆっくりと走る。 次に渡った橋が、”Fatih Koprusu(もちろん英語ではない。思うように書けないのでご容赦願いたい。)”と言う小さな橋。 この橋の上流には、いくつもの小さな橋が掛かっている。 その一つが、有名な”ガラタ橋”だ。 バスはあっと言う間に、ヨーロッパに入った。 イスタンブールに到着したら、フェリーでアジアからヨーロッパへ渡るのだろうなという、感傷的な夢も何のことは無い、・・・・何の前触れも無く通り過ぎてしまっていた。 橋を渡りきると、幅の広い道路から、小さな民家が建ち並ぶ細い路地を、大きなバスが右へ左へハンドルをきりながら、慎重に旋回しながらすべるように走っていくと、すぐ終点の”トプカピ・ガレージ”に到着した。 長い長いバスの旅が終った。 夢にまで見た、イスタンブールに今、到着したのだ。 * ”ガレージ”とは、バス・ステーションのことだ。 この地区には、行き先によって、いくつかのガレージに分れていて、四五箇所はあるようだ。 その一つがこの”トプカピ・ガレージ”という訳だ。 バスからやっとの思いで解放されるが、バスから降り立ったと言うのに、誰も迎えてくれない。 出迎えてくれるのは、闇屋と客引きと金目当ての詐欺師ぐらいなものだ。 ところが、ここトプカピ・ガレージには、そんな輩さえも出迎えてはくれないから寂しいものだ。 荒野のガンマンが砂煙と同時に馬に乗って、ある小さな町に降り立った気持ちになったと言うのに、どうだこの仕打ちは。 俺「サー!どうしようか・・・・・。」 イランの”アミール・カビール・ホテル”で出会った日本人に貰った、イスタンブールの市内地図を広げた。 広げたものの、地図とにらめっこしても、何も始まらない。 まずは、地元の人との交流から始めなくてはならないだろう。 そして、市内をやたら歩く事だ。 大きな町とは言え、たかが知れてる。 歩く事によって、道は開けるのだ。 * 道に出ると、早速Taxiからお呼びが掛かる。 無視。 たしか、イランの”アミール・カビール・ホテル”で、トプカピ・サライ付近に安宿が、集まっていると聞いた事を思い出す。 道の脇に変なものを発見。 日本では考えられないものだ。 それが、あっちこっちにある。 体重計だ。 コインを入れて体重を量る。 有料の体重計だ。 そんなに、太っている人が多いのだろうか。 日本でなら、一家に一台いや、二台・三台あるだろうに。 この国では、体重は外で服を着たまま量る事が、日常であるらしい。 1回、0.5~1.0TL(10円~20円)で商売になっているようだ。 まるで、自動販売機だ。 こちらのご婦人達は、余程体重が気になるのだろう、体重を量って笑っているご婦人達をあっちこっちで見かけるのだ。 ある旅人から聞いた話だが、一回の料金で荷物と自分の体重を一度に計測して しまうと言うものだ。 早速、実行にうつしてみる。 まず、荷物を背負ったまま体重を量り、素早くメモリを読み取り、すぐ荷物を肩からはずして、体重を量るというもの。 一回の計量で、二つの計量を行うのだ。 まッ、当たり前と言えばそれまでなのだが、それを得意になって話すところが、旅人の大らかなところだろうか。 憎めないし、またそれを実行にうつしてしまうのだ。 体重計によると、荷物が13㎏で、体重が63㎏。 日本で居た時は、常時66~67㎏であったのが、タイで計測した時は59㎏と8㎏も減っていた。 香港での下痢が影響していたのかも知れない。 その時以来の計測となったが、かなり体調も戻ってきているようだ。 アジアを横断して思う事は、彼らは想像以上に質素な生活を強いられていると言う事だ。 日本のように、味にうるさくも無く、種類も限られた粗食に徹している。 その上彼らは、食事に時間をかける。 のんびりと、話をしながら、実にゆっくりと、楽しく食事をするのだ。 その習慣が、俺にも身についたのかも知れない。 ジャンル別一覧
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